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妊娠発覚!
2002年1月末、来るものが来ないので自己検査の結果、待ち時間待たずとも即陽性反応!!
うれしくてダンナに即メールする。「大変!!早く帰ってきて〜!!」
初診
自己検査後の土曜日さっそく病院へ。
初の超音波検査で「あれ?!・・・」の先生の言葉にちょっとびびる。(えっ?!異常・・・?)でもその次の言葉にもっとびびる。「双子だねぇ」
「え゛〜っ!!!」。待合室に響き渡るでかい声で叫んでた。
なんだか心臓がドキドキ。驚きと喜びでウキウキドキドキ。
わたしは特別わたしは特別・・・♪
家に着くまで我慢できずに病院出てすぐダンナに電話した。
「ちょっと聞いてよ!!フタゴだってぇ!!フタゴ!!」
「フタゴォォォ〜!!!!?」
ダンナも私が帰ってくるまでそわそわ1人で家の中くるくる歩き回っていたらしい。
義理母と実母にも報告しなくちゃ。
「赤ちゃんできました」
「あら〜♪おめでとう♪」
「・・・でさぁ・・・フタゴらしいよ」
「ええええ〜っ!!ふたごぉ〜っ!?!?」
みんなおんなじ反応。結構笑えた。
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8週のチビーズ もう手足見える♪ 体長 約16.5mm 豆粒サイズ |
つわり
よく『双子はつわりも2倍!』なんて聞くけど、私は比較的楽な方だったと思う。
でも妊娠発覚したころにはすでに胸がむかむか。毎日が二日酔い状態。
牛乳やケーキなど乳製品が食べられなくなった。
つわりで痩せるかな♪なんて思ってたけどまったく痩せず。
顔が・・・
3月中旬、ダンナと2人で鬼怒川温泉に1泊旅行。行きのパーキングで気分が悪く、むりやりちょっともどしてすっきりするが、それが原因なのかその後恐ろしいほど顔が(目が)腫れ上がる。
一試合終えたボクサーのような顔。せっかくの旅行だったのにろくに写真もとらなかった。
1週間近く腫れは引かずこのまま治らないんじゃないかとかなり不安だったな。
結局何だったのかは不明だけどダンナには「ブサイクさん」って言われるしその顔で仕事行かなきゃならなかったしつわりより辛かった・・・・(T_T)
母親学級
4月、母親学級に出席。結婚してから近所に友達がいなかった私はかなり楽しみにしてた。偶然にも同じ病院に通う予定日が1ヶ月早い双子ママに出会う。
おまけに歩いて15分ほどのご近所さん。うれしい。
ほかのプレママさんたちともすっかり仲良しになれて家に遊びに行ったり来てくれたり。
子宮頚管縫縮術
いたって順調な妊婦生活。出血や張りはまったくなし。
しかしながら私の通ってた病院では16週頃すべての双子妊婦に頚管縫縮術を行ってた。
というか、経産婦で双子妊娠した場合のみ行っていたらしいんだけどこのころ20週くらいで子宮口が開いてしまう双子妊婦が続出したため全員に行うようになったらしい。
母親学級で出会った双子ママさんはまさにその人で20週で開きかけてしまい絶対安静を言い渡されたそう。
手術したからといって絶対安全っていう訳ではないらしいけど、ま、気分的にも安心できるしよかったかな。
オペはシロッカー法と言って頚管内部を特殊なテープで縛るもの。下半身麻酔で下から。
私の前に同じ手術した人に聞くと、引っ張られてる感じはするものの痛みは感じないって言ってたもんだから余裕こいてたら、「いたーい!!」
看護士さんの手につめがめり込みそうなほどぎゅっと手を握って痛みをこらえた。まいった。
術後は張りを抑えるためのウテメリンの点滴をされた。腕に貼られるテープの張り替えが痛い。管理入院の時はしっかり腕の毛の処理をしていこうと誓った。
ウテメリンは副作用がきつい。
心臓がバクバクし、手が震え、箸もまともに持てないほどだった。
入院期間は10日間。料金は大部屋差額なしで58,590円。なかなか楽しい集団生活。
ここでも予定日が3日違いの双子ママさんと出会えた。
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シロッカー手術後の21週 急に大きくなった感じ。 子宮底:30cm 腹囲:86cm |
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22週で性別判明 女の子は3本線が見えるらしい。 立派なちんちんが見えた。 |
なめた妊娠生活
今思えば双子妊娠をなめていた。派遣のお仕事をしていて、ちょうど更新が5月頭だったためそこで仕事を辞めたけど、8ヶ月くらいまでばりばり働く気分でいた。
仕事を辞めてからはヒマな毎日を費やすため「運動運動」といっては20〜30分歩き回ったり、友達とレディースデーに電車に揺られて映画を観に行ったりしてた。
自分で米買って担いで帰ったこともあったなぁ。
母親学級で知り合った絶対安静を言い渡された双子ママは、車もだめ、買い物だめ、牛乳パック1本持つなんてもってのほか、って言われていたらしい。
通常双子妊娠っていうだけでハイリスク出産扱いになるため単胎妊娠より安静は必要なものだったらしい。
出産後、早産で生まれてしまった人の話とかいろいろ聞くと自分は大丈夫って思う考えは危険だったんだなぁと思った。